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TANZANIA便り2002.4+5




便り45「ザンジバル武道館完成」(2002.4.17)
便り46「ザンジバル武道館落成式」(2002.5.3)


便り45「ザンジバル武道館完成」(2002.4.17)

ジャンボ! お元気ですか? ザンジバルは雨期の真っ最中、毎日雨が降っています。日本は、雨のかわりに花吹雪が舞っている頃でしょうね。



さて、便り39で少々ふれましたが、昨年8月に建設が始まっていたザンジバル武道館が、3月25日に完成しました。便り39を書いた頃の工事の進み具合は、いたって順調だったのですが、その後中だるみ期に入ってしまい、結局、完成は、当初の予定日より3カ月も遅れてしまいました。

何はともあれ、真っ青な屋根と真っ白な壁のZANZIBAR BUDOKANが、ザンジバルのスポーツの中心地、アマニ国立競技場内の一角に完成し、既に3月26日から柔道の練習が始まっています。今までの8年間は、カリアコー遊園地内の一角、野外道場での練習だったので、雨が降れば練習は中止、今のような雨期には、ほとんど練習できませんでしたが、武道館完成に伴って、天候に関係なく練習ができるようになったので、選手たちも大喜びです。



また、野外道場の時は、練習のたびに50枚の畳を敷いては、練習後にはしまうということを繰り返していたので、それだけで時間がとられていましたが、その畳運びから解放されたことも、彼らの大きな喜びの1つのようです。

この新しいBUDOKANは、畳189畳が敷詰められ、国際試合場が2面取れる柔道場なので、柔道専用ホールとしては、東アフリカ1といってよいでしょう。また、ステージもあるので、室内ホールがほとんどないザンジバルでは、室内スポーツ、音楽、演劇、各種文化セミナーといったさまざまな活動のできる多目的ホールとしても期待されています。

ザンジバル武道館の特徴は、風通しと室内を明るくするため、屋根が二段構えになっているところです。トタン屋根の中央上方にもう一回り、小さな屋根が重ねてちょこんと乗せられていて、上下の屋根の間に1メートルほどの隙間があいているのです。

風通しが良くなるのはいいけれど、雨が降りこまないのかな?と心配でしたが、トタンの重なり部分が大きいので、大丈夫とのこと。「雨は大丈夫だけど、鳥が入るのが嫌なら、網を付けておきな」という屋根葺き職人の言葉に、ザンジバル柔道連盟としては、大事な畳を鳥の糞で汚されては大変と、すぐに鳥防止のための網を取り付けました。

それにしても、屋根にわざと隙間を作って、あけっ放しておくなんて、冬の厳しい日本では考えられない構造ですね。この二段重ねの屋根はザンジバル家屋の特徴でもあり、トタン屋根の家だけでなく、藁葺き屋根でも、こういう構造になっている家が多いんですよ。
もう1つは、ザンジバル式トイレの構造です。ザンジバルでは、日本のように、下水設備が整っていないので、ここでは今も各建物ごとに、自分達で大きな穴を掘って糞尿を貯めておきます。といっても、一昔前の、日本のぼっちょん便所のように、そのものを貯めておくのではありません。


まず、トイレの裏に、2つの大きな穴を隣り合わせて掘り、1つの穴は珊瑚の岩作りにしておきます。トイレから流される糞尿は、初めにこの珊瑚作りの穴に入るようにしておき、これがフィルターのような役目をします。そして、ここで分解された水分だけが、パイプでつないだコンクリート製の隣りの穴に運ばれ、貯まっていくという構造になっています。もちろん2つとも、上からコンクリートでしっかりふたをしてしまうので、においの漏れる心配はありません。

この方法だと、1つ目の穴が一いっぱいになるまでに2、3年かかり、この穴からじわじわ水分だけが2つ目の穴に移って、それがいっぱいになってバキュームカーに汲み取ってもらうまでには6、7年もかかるのだそうです。それにしても、トイレに珊瑚の岩を使うとは驚きました。ザンジバルならではの、珊瑚を使った贅沢な糞尿処理溝です。

このザンジバル武道館は、万博記念協会、大建工業、日本大使館、ザンジバルスポーツ局をはじめ、多くの団体、有志の協力を得て、ZANZIBAR JUDO ASOOCIATION(ザンジバル柔道連盟)の名のもとに建てられました。もちろん、日本とタンザニアの架け橋をスローガンとするアフリカフェプロジェクトの収益金の一部も、このザンジバル武道館のために使われています。

ザンジバル武道館の正面には、タンザニアと日本の国旗の間に、柔道創始者・嘉納治五郎氏の写真が掲げられ、ザンジバルで、タンザニアで、アフリカでの柔道が発展していく姿を見守っています。「ジゴロー カノー」の唱えた自他共栄、精力善用、力必達の精神を継承しながら、タンザニアの柔道マンたちが、ますますがんばっていけるよう、皆さんも応援してくださいね。

それでは、今日はこのへんで。次回のお便りまで GOOD LUCK!!
ムナワルより

便り46.ザンジバル武道館落成式



ジャンボ!  お元気ですか?
前回の便りでは、ザンジバル武道館完成のお知らせをしましたが、今回は、4月15日に行われたザンジバル武道館落成式の模様をお伝えしましょう。

ザンジバルはこの時期、大雨期の真っただ中、前日までの雨の降りはすさまじく、おまけに連日停電が多く、どうなることかと気を揉んでいましたが、ふたを開けてみれば、当日は久々にザンジバルの青空が広がっていました。

青空の下、主賓の佐藤啓太郎日本大使とザンジバル文部大臣スレイマン氏が並んでテープカット。全員で武道館正面より中に入り、来賓は皆ステージに、柔道マンたちは189畳の試合場いっぱいに5列になって座り、落成式が開始されました。



ザンジバルスポーツ局局長による開会の辞に続き、ザンジバル柔道連盟代表、在タンザニア日本大使、ザンジバル教育文化スポーツ大臣のスピーチの後、サモサとケーキでちょっとブレイクタイム。その間に、選手たちはウオーミングアップをし、その後、ザンジバル、モシ、ダル・エス・サラーム、3チームにより、タンザニア柔道大会団体戦が行われました。

結果は、ザンジバルチームが圧勝して落成式に花を添える形となりました。現在、サッカーをはじめとしてあらゆるザンジバルのスポーツは低迷を続けており、タンザニア本土側に勝てるスポーツがないので、ザンジバルの人々は、負け慣れしているのですが、この日は、ザンジバル柔道ここにありという姿を目の前にして、来賓をはじめ、観客も飛び上がったり大声を上げたりと興奮状態、大いに盛り上がりました。

翌16日は、引き続き、体重別タンザニア柔道大会、同じくザンジバル、モシ、ダル・エス・サラームのチームから総数27名で4つの階級(60kg級、66kg級、73kg級、81kg級、重量級の選手はいないため、4階級のみ)に分かれてトーナメント戦をしました。結果は、全階級ザンジバル選手の優勝、ということで団体戦、個人戦ともにザンジバルが占めることになりました。
 
しかしながら、勝敗うんぬんよりも、武道館完成により、タンザニア中の柔道マンたちが一同に集まり、柔道大会を催すことができたこと、国際柔道規定での試合場で、全員が試合を体験できたこと、そして、お互いに次に会うときはもっと技を磨いて会おうと約束しあったこと、そんなことが武道館完成に伴う、うれしい出来事です。



初めて試合に出る選手もいたので、笑える場面もありましたよ。ザンジバルのアマニ選手は自分の名前を呼ばれても、返事もしません。先輩たちに促されて返事をしたものの、試合場に上がろうとせず、「僕にはできない」を繰り返すばかり。新人の彼にとって、初めての試合が武道館での本戦だったのですから、ぶるってもしかたないけど、でかい図体して何やってんだ! と先輩たちからどやしつけられて、怖々試合場に向かうアマニ選手の情けない後ろ姿に、皆大笑いでした。

モシの警察チームの監督によると、モシチームの若手も、個人戦当日の朝、「先生、ボク、おなかが痛くて試合に出れません」と言ってきたそうです。どんなスポーツでもとにかく、試合慣れしていくことが大切ですよね。きっとアマニ選手もモシチームの若手選手も、次の試合では臆することなく挑むことができるでしょう。

この落成式の様子は、翌日の新聞でも、スレイマン文部大臣のスピーチから、「柔道は武力にあらず、自己鍛錬の素晴らしいスポーツである」という見出しで大きく報道されていました。そんなこと、日本人からしたら当然のことでしょうが、ザンジバルでは、柔道をはじめ格闘技は、政府転覆をもくろむ危険分子のやるものという考えから、長い間禁止だった(タンザニア本土では解禁されていたにもかかわらず)という歴史があるのです。それを考えると、このスレイマン氏のスピーチが、大きく報道されたこともうなずけるでしょう。

ザンジバル武道館で行われた初めての正式なタンザニア柔道大会、たくさんのエピソードを残して、走り去りました。タンザニアの柔道マンたちは、それぞれの場所に帰って、次の目標に向かって走り出しています。これからのタンザニア柔道の行方にご期待ください!
それでは今日はこの辺で。次回のお便りまでお元気で。
Good Luck!!
ムナワルより





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