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駐タンザニア日本大使
佐藤啓太郎氏インタビュー(1/3)

2001年7月4日 
場所:在タンザニア日本大使館
パート1.「佐藤大使、タンザニアを語る」
パート2.「タンザニアの発展とアフリカフェプロジェクトについて」
パート3.「日本、ふるさと、妻」
***「佐藤大使、タンザニアを語る」***
Q1.まずは、お名前と生年月日、血液型を教えてください。
大使:名前は、佐藤啓太郎、生年月日 昭和12年11月生まれ、63歳、血液型はA型です。


駐タンザニア日本大使  佐藤啓太郎氏


Q2.いつタンザニアに来られましたか?
大使:1998年8月です。ちょうど今年の8月で丸3年ですね。
Q3.今までで、何カ国赴任されたのですか?
大使:8カ国、9カ所です。
Q4.タンザニアに来る前、どんな印象をお持ちでしたか?
大使:アフリカに対する見方は、とかく賛否両論に分かれがちだと思います。30歳の誕生日をアルジェリアで迎え、43歳という男の厄年で独立間もないジンバブエに赴任した経験がありますが、私から見ると、アフリカが好きでたまらないという人は概してアフリカを美化しがちだし、アフリカが嫌いな人は徹底的に否定しがちだから、どちらも偏っていることが多いと思います。だから、タンザニアも普通の人が言うほど悪くはないし、アフリカ好きな人が言うほどよくもないだろう、その間をとった真ん中ぐらいの国だろうなというのが来る前の印象でした。
Q5.タンザニアについての率直なご感想をお聞かせください。
大使:タンザニアに来てみたら、まさに自分の思っていたのとぴったりでしたね。
また、タンザニアの人々は、義理人情の精神がわかる国民だと感じています。そういう点でも、日本とタンザニアはこれからの長く深い付き合いを続ける中で、互いに友情と信頼を得ていくことができると信じています。
Q6.昭和20年代生まれまでの方々は、タンザニアに来ると、「懐かしい気持ちがする」とおっしゃる方が多いのですが、大使はいかがですか?
大使:私もそういう意味では今のタンザニアの光景は、大変懐かしいですね。でも、昔の日本の男はもっと働いていたなあ。水汲み、畑仕事、薪ひろい、どれも重労働ですよ。タンザニアでも、宗教や伝統等により地域ごとに違うかもしれませんが、一般的にこういった重労働を女性任せにして、男がぶらぶらしている姿が多いと感じます。ムタンゴ大使のインタビューの中でも、遊牧や狩猟の民にとって昔は、畑仕事や家事はすべて女性の仕事で、男は食料を確保し、女性と子供を守るという分業だったとありましたが、現代は男もこういった農作業を含む労働に参加して、女性や子供をもう少し解放すべきだと思いますね。男が何もしないでぶらぶらしていて「英気を養っている」なんていうのは、今の時代には通じないでしょう。今後は、どんどん男女の仕事の差別がなくなっていくといいと思います。
Q7.タンザニアの食べ物はいかがですか?
大使:タンザニアの食べ物は、おいしいから好きですよ。カチュンバリという玉ねぎサラダもさっぱりしていて好きだし、ムチチャという葉っぱも、ゆがいて胡麻和えにアレンジするとおいしいですよ。ウガリもいけますね。ただ、ウガリにかけるのは、タンザニア風シチューではなく、日本風のシチューがいいですけどね。公邸の料理人が、タンザニアの料理や素材を、うまく日本風にアレンジしてくれるので、普段からけっこうタンザニアの料理を食べているんですよ。
Q8.ムタンゴ大使は、日本で納豆には閉口しておられるそうなのですが、佐藤大使は、タンザニアの料理でこれだけは苦手というような食べ物はありますか?
大使:牛の血のスープです。キリマンジャロ地方に行った際に、ある要人夫妻に招かれて家庭料理をご馳走になったときに、ピンク色のスープが出てきて、知らずに飲みましたが、後で牛の血のスープだったと聞かされたときは、オッと思いましたね。
奥さんがチャガ族でご主人がバラバイユ族出身とのことだったので、きっと遊牧の民のご馳走だったのだと思います。
注:チャガ族には、キスシオをいう名の牛の血のスープを飲む習慣があり、このスープはチャガ族の中ではご馳走として位置付けられています)
Q9.スワヒリ語についてどう思われますか?
大使:スワヒリ語は、抑揚やリズムがあり、同じ音の繰り返しもあってとても楽しい言葉だと思います。特に演説や詩にはぴったりの言葉だと思いますね。
Q10.大使はお仕事柄、タンザニア各地を訪問されていますが、印象に残っていること、思い出などお聞かせください。
大使:そうですね。本当にいろいろな地方に行きましたが、私がタンザニアの地方に行く時にいつも感動するのは、マサイの姿です。だだっ広い草原の中で何百頭という牛を追っているマサイの姿もかっこいいですが、私は何もしないで草原の中にぽつんと立っているマサイの姿に、なんとも言えない哀愁を誘われますね。マサイを見ると、僕はいつも「木枯し紋次郎」を連想するのです。
Q11.マサイと木枯紋次郎は、どのように結びつくのでしょうか?
大使:木枯し紋次郎が一匹狼で、孤高を守っていたように、マサイも現代まで牛を中心とする彼らの生活を守り通している。木枯し紋次郎が必ずつまようじをくわえていたように、マサイも、自分の杖と牛追い用の棒などの7つ道具を持っている。マサイが草原にぽつねんと立たずんでいる姿を見るたびに、マサイはかっこいいなあと思う反面、これじゃあと思う気持ちと両方が沸いてきます。そして、「ああ、少数民族っていうのは淋しい存在だなあ」としみじみ思うのです。
Q12.タンザニアの各地を訪問されて、どんな感想をお持ちですか?
大使:タンザニアの地方を回っていると、金持ちは人を感動させないが、絶対的貧困は人間を感動させると、つくづく感じますね。
Q13.それはどういうことですか?
大使:ダル・エス・サラームにいる分には、ここがアフリカかという発展ぶりですが、ちょっと地方に出れば、水もなく電気もない生活が広がっています。電気一つにしても、タンザニア全体で言えばたった20%の国民しか電気の恩恵を受けていないのが現状なのです。
水なんてひどいものですよ。路上の水溜りの水を缶ですくってそれを飲む人たちがいる。1杯の水を何時間もかかって汲みに行っている。そういう姿を目の前にしたら、「すげえな」と理屈を超えて感動します。しかし、彼らの家、子供の教育、生活・・・それを見ると、同じ人間としてこのまま彼らは一生を送るのか、本当にこれでいいのかと感じます。タンザニアの人自身は別に何も望んでいないのかもしれません。でも、私はやはり、せめて水と電気があり、初等教育は受けることができる物質的な豊かさを、彼らにも味あわせてあげたいと思うのです。



パート1.「佐藤大使、タンザニアを語る」了
パート2.「タンザニアの発展とアフリカフェプロジェクトについて」
パート3.「日本、ふるさと、妻」