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ティンガティンガ
「ティンガティンガ・アート&アーティスト紹介」 


.「ティンガティンガ・アート&アーティスト紹介」


 ☆創始者ティンガティンガ

 ☆ティンガティンガの作風と精神

 ☆ティンガティンガ村

 ☆ティンガティンガ・アーティスト紹介
 
 
 ☆ティンガティンガ・コースターチーム


(株)バラカには、常に
大小さまざまなティンガティンガアートが約1000点揃っています。

こんなスペースにこんな雰囲気のティンガティンガアートを
飾りたいというようなご希望や、特定の画家や絵の大きさなどのご指定があれば、
それに応じた絵を選んでご紹介することもできます。

ご来社いただければ、たくさんのティンガティンガアートに囲まれながら
ご希望の絵を選ぶこともできます。


事前にご一報いただければ、土日、祝祭日も対応いたしますので、
お気軽にお問い合わせください。


アフリカ製品輸入元 潟oラカ
〒542-0012 大阪市中央区谷町9-5-15 中田ビル4F
地下鉄谷町九丁目の交差点より徒歩2分
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<創始者ティンガティンガ>
ティンガティンガ・アートは、1960年代末から、タンザニアのダルエスサラーム郊外で誕生した絵画スタイル。
「ティンガティンガ」という名称は、創始者の名前Edward Saidi Tingatinga エドワード・サイディ・ティンガティンガ(1937〜1972)に由来します。

タンザニア南部、トンドゥール地方で育ったティンガティンガは、大人になると、多くのタンザニア青年と同じく、仕事を探しに、都会ダルエスサラームに出てきました。
都会での生活は、田舎育ちのティンガティンガにとって、とても刺激的で、特に、マコンデのンゴマ(太鼓&踊り)に惹かれて、仕事の暇を見つけては、彼らと一緒に太鼓を叩いたり、踊ったりと大いに楽しんでいたそうです。だから、絵を描き始める前のティンガティンガは、太鼓や踊りのうまいミュージシャンとしての名の方が高かったともいわれています。

ところで、その当時、ダルエスサラームにある骨董店に並べられ、観光客がアフリカの記念にと買い求める絵のほとんどが、コンゴから来た絵画でした。
それを見たティンガティンガは、
「なぜ、ここには、タンザニアのアーティストが描いたものがないんだ?」
「なぜ、そのアーティストが、俺自身ではいけないんだ?」
「いや、いけないはずがない。そうだ、俺が自分で絵を描けばいいんだ!」
と考え、一念発起した彼が、1968年、60×60センチのマゾニット(建築用の合板)に、エナメルペンキで、動物や植物を思いつくままに描きはじめたのが、このアートの始まりでした。

妻のアガサは、突然、建築資材の合板に向かって、ペンキで絵を描くティンガティンガの姿に驚き、
「なぜ、あなたはそんなばかげたことをするの?」とたずねたといわれています。

ティンガティンガは、こんなふうにして絵を描き始める一方、妻帯した男性として、子供がたくさんほしいと願い、妻が子宝に恵まれるようにと、ムガンガ(祈祷師兼漢方医)に祈りと治療を受けることにしました。

そのために、ムガンガの住まいに近いキガンボニ地区で数ヶ月を過ごしたのですが、その間に、ティンガティンガは、ムガンガの家を、カラフルな絵で飾り立てました。それは実に見事で、道行く人の注目を集めただけでなく、外人コレクターの目にとまり、ぜひこの家ごと譲ってほしい、すべてを持っていきたいほどだと言わしめました。
そのことは、画家として歩みだしたティンガティンガにとって、大きな自信となり、その後、本格的に絵を描き続ける中で、北欧人によってその才能を見出され、ティンガティンガの名とともに、その作風は、北欧を中心に、広く外国に認められていきました。

しかし、ティンガティンガの活躍の時期は短く、1972年5月17日、雨の夜、友人に車で送ってもらう途中、ダルエスサラームのインディペンデンス・アベニュー(現在のサモラ・アベニュー)で、その車が、検問中の警官に不審車と思われてしまい、警官が、車を止めるために威嚇射撃として撃った弾が、運悪く、同乗していたティンガティンガに命中。
そのまま帰らぬ人となったのです。35歳の、あまりにも早すぎる死でした。
                                       

<ティンガティンガの作風と精神>
生前のティンガティンガは、自分が生まれ育った、タンザニア南部の動物と自然多き故郷の心象風景を、描きました。

尾長鳥、人間のように器用そうな手を持った猿、色鮮やかなゼブラ、画面いっぱいにうねる蛇、じっとたたずむバッファロー、こういった動物の他に、タンザニアでは精霊が宿ると信じられているバオバブの木、家の周りで戯れる鶏たち、タンザニアの呪術師、蛇にかまれた女性など、タンザニアでの日常風景人物もテーマにしています。

また、ティンガティンガは、自分の絵が売れるようになると、アフリカンファミリーの常として、彼の元に集まってくる親戚の面倒を見ながら、その中で絵に興味を示した親戚たちを、直弟子として、絵の手ほどきもしました。

といっても、彼自身、教育を受けてはいませんから、手ほどきは、すべて実践の中にありました。
背景の色塗りから、模倣・・・そして、彼らが自分で描けるようになると、それぞれが自由に自分で作品を描き、どんどん作品を売っていくことも薦めていました。

だから、ティンガティンガが不慮の死を遂げ後も、ティンガティンガと血縁関係にある弟子達が中心となって、彼の作風や精神を、そのまま受け継ぐことができたのです。

このように、創始者亡き後、弟子たちが、師の作風を受け継ぎ、しかも自由にのびのびと絵を描き続けることができたのも、描写方法やスタイルが、いろいろな方向に枝分けれしてきた今でも、すべてをひっくるめてティンガティンガ・アートと呼ばれることも、エナメル・ペイントを使って、動物や自然、人々の日々の暮らしを色彩豊かに描くというシンプルな作風、絵を描きながら、一族郎党助け合って暮らそうとした基本精神、模倣から始まる実践と経験の中から弟子を育てていった教育方法、そして、ティンガティンガ自身は、画家としての活動期間が極端に短かかったことなどが、すべてプラス面で影響しているからなのだろうなと、私は思っています。

  
 


ティンガティンガ村
ダルエスサラーム郊外には、アーティストたちによって共同で運営されているティンガティンガ村というところがあります。
そこには、ティンガティンガ・アーティストたちがたくさんいて、熱心に絵を描いています。青空の下や室内に、所狭しと並べられたエナメル画は、もちろんティンガティンガ・アートのオンパレード。

クラシックな動物画あり、マコンデのシャターニをティンガティンガ・アートに取り入れたリランガ風の作品あり、タンザニアの病院や学校、市場など、生活風景を、大きなキャンパスにコミカルタッチで描いている作品あり、バラエティーに飛んでいます。

このティンガティンガ・アートの広がりと、アーティスト同士のつながりは、太い幹に、たくさんの枝を付け、いろいろな方向に伸ばしながら、タンザニアの大地にそびえ立つバオバブの木のようであり、みんなで協力し合って、絵を描きながら、生きていこう!ということを、実現しているのが、ティンガティンガ・アートではないかなと、ここに来るたびに思うのです。

そして、ティンガティンガ・アートの明るい色使いと、動物や人物が、絵の中で大きな声で話しているような、パワーあふれる作品群を観ていると、私まで絵の中に入り込んで、会話に参加しているような、楽しい気もちになってきます。

ティンガティンガの死から30年以上経った今でも、タンザニアではティンガティンガ・アーティストと呼ばれる人たちがたくさん育っています。
ここでは、有名無名は問わず、私たちバラカが素敵だと感じる絵を描く、現代のティンガティンガ・アーティストをご紹介します。
タンザニアのハッピーアート、ティンガティンガの世界をお楽しみいただければ幸いです。
     島岡 由美子

 
 参考文献
・TINGATINGA−The Popular Paintings from Tanzania  written by Yves Goscinny
・TINGATINGA in Kiswahili and English   −Tingatinga Cooperative Society





ティンガティンガ・アーティスト紹介

ここでは、有名無名は問わず、私たちバラカが素敵だと感じる絵を描く、
現代のティンガティンガ・アーティストをご紹介します。 

それぞれの作品は、アフリカフェ@バラカのセレクトショップ
またはイベントや展示会場
でご覧頂けます。

タンザニアのハッピーアート、ティンガティンガの世界をたっぷりお楽しみください。



アフリカ製品輸入販売元 (株)バラカ
大阪市中央区谷町9丁目5番15号中田ビル4階
TEL:06-6763-1155 FAX:06-6763-1145
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<アーティスト名>

 A.Hassani.Kamale
ハッサニ

Omary.A.Amonde
アモンデ

Saidi Nakoko
ナココ


Becker Wasia
ベイカー

Abdul Amonde. Mukura
ムクラ

Godfrey
ゴッドフレイ


Mohamed Charinda
チャリンダ

Ramadhani Omar Salange
サランゲ


Mohamed Chiwaya
ムワメディ


Mteko Yusuf Issa
ムテコ

Mustapha Abdalla
ムスターファ

Dalini Mohamed
ダリーニ


Abdalla Saidi Chilanboni
アブダラ

Lukas Ndunguru
ルーカス

Dogo
ドゴ


Shery.Salum.Mussa
シェリー

Zaburi Chimwanda
チムワンダ

Rubuni Rashidi
ルブニ


Mauris Malikita
マリキータ

Abbasi Mbuka
ムブカ

Mohamed Saidi
サイディ


Daudi Tingatinga
ダウディ・ティンガティンガ

Mwatuka Salum Mussa
マトゥカ

Athimani Charinda
チャリンダ


Gayo Peter Petherya
ガヨ

Jafari Mimu Saidi
ジャファリ・ミム

Emilias Omary
エミリアス


Helena Augustino Luoga
ヘレナ

Zubari Damu
ズベリ

Hassan Thabiti Mchisa
ムチサ


Amili Charinda Wasia
アミリ

Agnes Mwidadi Mpata
(アグネス)

Noel Kambili
カンビリ


Hamuza Abass Chamwana
ハムザ・チャムワナ

Apendae
アペンダエ

Mohamed Chilanbo
チランボ


Yasin Hassani
ヤシニ

Rogger Chimwanda
ロジャー

Mussa Abdalla Wasia
ムッサ


Jaruph Kibira
ジャルフ

Ibrahim Omary
イブラヒム

それぞれの作品は、バラカのセレクトショップまたはイベントや展示会場でご覧頂けます。
タンザニアのハッピーアート、ティンガティンガの世界をたっぷりお楽しみください。


Omary.A.Amonde アモンデ
元祖ティンガティンガの死の直前に弟子入りした最後の弟子。ティンガティンガの甥にあたる。
1972年から現在までオーソドックスなティンガティンガスタイルを描き続ける。
ペンキを混ぜ合わせて独自の色合いを作り出すスタイルはまるで油絵のよう。
動物と戯れる鳥、蝶、ばった、カメレオンなど脇役の姿もかわいく、1つの画面の中でのストーリー性を追求している。

Salum Mssa(199年没)と共に、バオバブの下から始まったティンガティンガ村の屋台骨を担い、長年若手の育成に取り組んできた。
「亡き師ティンガティンガは、
『とにかく俺の描くところをじっと見てみろ。そして、模倣して描いてみろ。それが描けるようになったら、どんどん自分の絵を描いていけばいい』
と教えてくれた。だから私はあれから30年以上たった今も、若い人たちには同じように教えているよ」

「自分の子もアーティストにしたくて、少し描かせてみたけどだめだった。
その分、若手アーティストがたくさん育っているから安心さ」
と笑って語るティンガティンガ村の最古参。
 サインは、O.A.Amonde

NHKテレビ番組『夢の聖地アフリカへ ジミー大西・絵描き修業の旅』で、ジミー大西さんにティンガティンガアートを伝授。

(Mukura やNakokoは、Amondeの実弟)
アモンデの作品は→こちらです。


 

A.Hassani
.Kamale ハッサニ

1943年生まれ
ティンガティンガの5人の直弟子といわれるTedoに学び、1973年から絵を描き始め、現在にいたる。
尾長鳥(Dege Mkia)を美しい線で描くことと、ティンガティンガ・アートのクラッシックスタイルを貫いていることで知られている。
若手の指導にも力を注ぐ、ティンガティンガ村のリーダー的存在の一人。
2人の息子も、ティンガティンガ・アーティストとして活躍中。
 
Hassani曰く、
「親子2代、ティンガティンガ・アーティストとして絵を描き続けていられるのは、とても幸せだ。
私には、他の職業なんて、考えられないよ。
孫も、ぜひこの道に進んでもらいたいね」
 



Yasin Hassani ヤシニ




1976年生まれ
生え抜きのティンガティンガ・アーティストA.Hassaniを父に持ち、幼少から絵の手ほどきを受けて育つ。
1992年から本格的にティンガティンガ村のメンバーとなって活躍中。
父Hassaniの影響で、クラシックな動物画が得意。



Saidi Nakoko ナココ

1952年生まれ
アーティストになる前は、映画館に18年も勤めていたという変り種。
38歳で絵筆を持ったその日から、アイディアが沸き続けていると言う。
「映画館に勤めて、美しい映像をたくさん見ていたおかげかな」
と笑うNakokoの描くカバは、ソフトタッチで実に愛くるしい。
特徴ある象とともに、彼のオリジナル。
難聴という障害を持つが、「目が見えて、手が動けば幸せさ」と笑い飛ばす。
Amondeの実弟。
 


Abdul Amonde Mkura ムクラ
1954年8月18日生まれ
1974年にダルエスサラームに来て、実兄アモンデに弟子入り。アモンデの絵を売る傍ら、絵の修行に励む。
2年後から自分で作品を描くようになり、現在に至る。
動物画を得意とし、1990年代から、独自のタッチで、ストーリー性を重視したオリジナルの作風を確立。
1992年に初来日して以来、6度の来日を果たし、個展を開催するなど、日本で早くから認められているティンガティンガアーティスト。







ムクラの描く闇夜に浮かぶ象、サイなど迫力ある動物画は、日本だけでなく、欧州でも評価が高い。



Zaburi Chimwanda チムワンダ

1947年生まれ
1973年から30年以上、ティンガティンガ・アートを描き続けている。
Amondeとともに、ティンガティンガ村を担ってきた大御所の一人。



「Amondeと一緒に、長い間必死でこのティンガティンガ村を引っ張ってきた。今は多くの若い弟子も育ったので、安心して自分の絵をゆっくり描けるよ」
とにこやかに笑う。

そんなChimwandaの描く動物は、どれも愛くるしい目をしていて、とってもキュート。




Noel Kambili カンビリ
1976年生まれ
サルム・ムッサに弟子入りして修行を積む。
オーソドックス・スタイルで描いてきたが、あるインド人から、蝶の絵を頼まれたことがきっかけで、蝶と花をティンガティンガに取り入れ、独自の路線を作る。

彼の描く蝶や花の精密かつ繊細な美しさは、ティンガティンガ村の中で異彩を放っており、ティンガティンガ村を訪れる外人客の多くは、Kambiliの絵の前で立ち止まり、「Beautiful!」の声をあげている。


アフリカキアゲハ、アフリカテングチョウなど、タンザニアならではの珍しい蝶も題材となっており、絵の中で、蝶の種類を追うのも楽しい。




Godfrey Tiamuru ゴッドフレイ
 




1974年生まれ
1998年より、漫画の世界からティンガティンガアートに移って以来、動物画と共に、メッセージ性のある生活画を描き続けている。

サインは、Godfrey








動物画のときは、創始者ティンガティンガが当初描いた、一つのキャンパスに動物一匹のスタイルを好んで描く。色とりどりでにぎやかな印象の絵が多い中、背景の抑えた色と静かな雰囲気の単一動物画は、独特のムードをかもし出している。



エイズ感染防止メッセージを含めた絵も描く。
「タンザニアでも増え続けているエイズについて、アーティストとしてできることをしたいと思って、自分の絵のテーマの中に加えています」





Agnes Mwidadi Mpata アグネス

1968年ダルエスサラーム生まれ
元祖ティンガティンガと直弟子サイモン・ムパタの姪。
初の女性ティンガティンガアーティスト、バラカのコースターチームのリーダー

1979年より、ティンガティンガの弟かつ直弟子であり、ナイロビでアーティスト活動していたサイモン・ムパタの家で過ごす。
学校卒業後、ナイロビで就職。オフィスガールをしていて順調だったが、タンザニアに一人残っていた母セシリアに懇願され、1994年 タンザニアに戻る。

1995年からティンガティンガ村にて叔父のサルム ムッサーに師事し、本格的に絵を描き始める。
キリンの腹側の毛並みと背側の毛を描き分けるなど、ティンガティンガのオールドスタイルにはなかった新しい技法も含めて、丁寧に教えられた。

「幼少から見ていた叔父サイモン・ムパタのオーソドックススタイルと、サルム ムッサーの
ニュースタイルの両方の良さを取り入れ、自分なりの作風をめざしています」

1996年より、女性第一のティンガティンガアーティストとして国際的にも注目されるようになり、スイス、オーストラリア、中国などに招聘されている。

1996年、1998年、2002年、2007年スイスに招聘。
1996年オーストラリア招聘。
2003年中国招聘。
2004年には、タンザニアの女性アーティストグループの一人に選ばれ、南アフリカで開かれた女性アーティスト会議に参加。

家庭には夫と3人息子がある。

<初の女性ティンガティンガアーティストとして>
「自分が描き始めたことで、女性の後進が少しずつ増えてきているのがうれしいです。
女性は、即生活の足しになる小さなグッズ作りに走りがちですが、やはりアーティストは、キャンパスに絵を描けてこそ価値が決まるものだと思うので、女性アーティストたちにも、小さなグッズと並行して、絵を描き、実力をつけていくようアドバイスしています。
これからは、他の女性アーティストも、国際舞台に立って、タンザニアのティンガティンガアートをアピールしていってほしいです」





Mohamed Charinda チャリンダ
 

1970年代、バオバブの木の下で活動を始めた初期からのティンガティンガ・アーティスト。
クラッシックスタイルと呼ばれる素朴な動物画、生活画とともに、彼独自のメッセージ性のあるシャターニの世界を描くことで知られている。

彼が描くシャターニ画は、人間の内部に潜む悪心を描き出している。
絵のイメージは、夢の登場人物。
「夢の中で、彼らが動いたり話しかけたりするので、それをキャンパスに描くんだよ」
一方、生活画は、コミカルかつ優しいタッチ。
現在は、療養中で筆を休めているが、「元気になったらまだまだ描くよ」と意欲的。
息子Athmaniと妻Dalinにも自ら絵を教え、ティンガティンガ・アーティストに育て上げた。
サインは、Mohamed Charinda










Dalini Mohamed ダリーニ
数少ない女性アーティストの一人。
Mohamed Charindaの妻。
バラカのコースターチーム

結婚して10年間専業主婦だったが、最古参ティンガティンガ・アーティストの一人である夫Charindaが病気をした際に、
「生活のために、お前も絵を描いてみないか」と言われ、絵筆を取る。

「はじめは、難しくてやめたいと思いましたが、少しずつ絵を描くことに慣れたら、だんだん好きになってきました。
「Nakapanyaという田舎で育ったので、幼い頃から見ていた森の動物たちを思い出しながら、絵を描いています。

子供にも、ぜひティンガティンガ・アーティストになってほしいです
やわらかく優しい色使いは、Daliniの特徴。





Athmani Charinda オスマニ


強い背景色を使うアーティストが多い中、
優しい色使いで作品を仕上げるChalindaの息子、Athmani

「ティンガティンガ・アーティストである父の影響で、小さい頃から絵筆を持って遊んでいたので、ごく自然にこの世界に入りました。
父は、動物画、生活画から、シャターニまで描きますが、私は動物画が得意です」


サインは、Athmani







Rubuni Rashidi ルブニ 
1969年生まれ トンドゥール地方出身
1989年にダルエスサラームに来てティンガティンガ・アートを知り、1990年からMzeeChimwandaに師事し、修行する。
キリンの絵を初めに習ったので、今もキリンが得意。
「故郷にはゾウ、ウサギなど動物が多かったので、絵を描くときは、故郷の動物達をイメージしながら描いています」
ティンガティンガアートでは新しい分野、キペペオ(蝶)も題材にしている。







Mauris Malikita マリキータ

1967年生まれ ムゥエラ地方出身
1988年から活動を開始する。
病院、市場、など人々の生活風景を描くのが得意。
市場や街角でスケッチをして構想を練るという、ティンガティンガアーティストの中では珍しいタイプ。
将来は、外国で展示会をして、ティンガティンガ・アートを通して、タンザニアン・ライフを紹介したいと豊富を語る。
(その後、イタリア ミラノで個展が実現 2007年11月15日〜12月5日)


2010年1月9日号の東洋経済の表紙に、代表作「アフリカンマーケット」が掲載された。

マリキータの個展「POP MWAFRIKA」が、イタリア・ミラノで開催されました。2007.12.15〜12.5






Mohamed Saidi サイディ

1968年に初めてダルエスサラームに来たときに、キガンボニに住んでいた創始者ティンガティンガに会ってはいるが、そのときは絵に興味がなく、故郷に帰って洋服の仕立をしていた。
1973年に再びダルエスサラームに来たときには、ティンガティンガは亡くなっており、Amondeに弟子入りして、活動を始め、Amonde一門の長の一人として、ティンガティンガ村をひっぱってきた。

オーソドックスな動物画は、やわらかい色使いとほのぼのした表情の動物で、アフリカの癒しの風景といった印象を受ける。

いつもおだやかな表情で筆を動かしている。
「あとどれだけ描けるかわからないから、1枚1枚、楽しんで丁寧に描きたいね」
と語る61歳。






Daudi Tingatinga ダウディ・ティンガティンガ
創始者ティンガティンガの実の息子。
Salum Mussaに指導を受け、1989年から活動を開始する。

ティンガティンガが亡くなった時は5歳だったので、あまり記憶はないが、筆で何かを描いていたのをうっすらと覚えているとのこと。

母は、1995年に亡くなるまで、亡き夫ティンガティンガのことを
「お父さんは、働き者で生活力のある人だった。椅子やカゴを編むことから何から、工夫とアイディアにあふれていた。一生懸命生きた人だった」と子供達に語っていたそうだ。




Daudi曰く、

「動物画、生活画、いろいろ描いてみましたが、ある時期から、父ティンガティンガのシンプルな作風が一番すばらしいと
感じるようになったので、父の作品を徹底的に模倣する試みをしたところ、それが自然に、自分自身のスタイルになっていきました。
今は、父ティンガティンガの名と作風を残すことが自分の使命だと感じています





Abbasi Mbuka ムブカ
1975年生まれ 
ダルエスサラーム出身
母から勧められたことが、アーティストになったきっかけ。
1992年から義理の父親にあたるSalumMussaに手ほどきを受け、ティンガティンガアーティストになる。
動物画が得意で、
一頭一頭の動物が、画面から抜け出して語りかけてくるような動きのある絵を描く







Mustapha Abdalla ムスターファ

1978年 Nakapanya生まれ。
1996年から、本格的にティンガティンガアーティストとして活動を始める。
安定した構図の中に、のびのび描かれる動物群像が人気。躍動する動物のシルエットにまでこだわる繊細なタッチと美しい色使いが特徴。
サバンナの夕日に強い愛着を持っており、
彼の描く美しい夕焼け空の下で憩う動物たちの絵は、
見る者の心を安らげる。

2009年5月名古屋で開催された第2回ティンガティンガ展にて
人気投票NO1の座を獲得

サインは、Mustapha




Lukas Ndunguru
 ルーカス

1987年生まれ
Saidiの孫。
田舎で小学校に上がったが、2年で学費が払えず中退。
1995年父に連れられてダルエスサラームへ。
13歳で、祖父サイディに弟子入り。
ティンガティンガ村にて絵を学び、アーティストに。






「学校へは行けなかったけど、このティンガティンガ村が、
 ボクにとっての学校でした。
祖父であり、師匠であるsaidiに習ったように、どんなに小さな作品でも
手を抜かず、丁寧に、自分らしい動物画を描いていきたいです」

ルーカス自身が語るとおり、小さな作品の丁寧さは群を抜いている。

ティンガティンガ村の将来を担うと期待されている最年少アーティスト。







Abdalla Saidi Chilanboni アブダラ
1968年生まれ Nakapnya出身
20歳でダルエスサラームに来て、車のメカニックの仕事に就いたが、父親の勧めで
1989年より、叔父であるSaidiに師事し、ティンガティンガ・アーティストに。
動物画と共に、村の風景を描く。
「父が猟師だったので、動物は、自分にとってとても身近な存在でした。
そのせいか、絵を描き始めた時から、模倣よりも、自分のイメージを描くほうが得意でした」

故郷に強い愛着を持ち、
「私が描く村の風景は、すべてNakapnya村の出来事や思い出です。
叔父Saidiから、オーソドックス・スタイルをしっかり習ったので、これからは、自分の故郷の風景とともに、民族の歴史を、自分の絵の中に残すことで、自分のティンガティンガ・スタイルを作っていきたい」と、熱く抱負を語る








Ramadhani Omar Salange  サランゲ



1984年kisalawe生まれ
1998年より、兄の影響でティンガティンガアーティストをめざす。
主にマサイをテーマにした作品を描いている。
美しいシルエットで描かれるサランゲのマサイは、タンザニアだけでなく、ケニアでも人気がある。

「マサイの人々は、タンザニアのルーツとも呼べる存在で、昔の文化を今の時代にもそのまま継承している誇り高い民族です。
また、マサイは信用できる人たちなので、私には多くのマサイの友達がいます。
彼らの文化や生活の在り方を絵にしていくのが、自分のティンガティンガ・アーティストとしての役割だと感じています」




Mohamed Chiwaya ムワメディ
 
1979年ダルエスサラーム生まれ
ティンガティンガアーティストの父Rajab Chiwayaの影響で1991年から絵筆を持ち、
ティンガティンガアートの世界へ。
1995年から本格的に活動を始める。

「私は、小学校しか行っていないけれど、ティンガティンガアーティストとして誇りを持って生きています。
父から習ったオーソドックスタイプと、自分らしさを前面に出した作風の二つを描き分けています。
ゾウやキリン、鳥などは、描き方が幾通りもあるんですよ」

作品ごとに表情や描き方が変わる動物たちの絵が人気。
美しい色遣いもMWAMEDIの持ち味。 
(サインはMWAMEDI)



Mwatuka Salum Mussa
  マトゥカ

1981年9月24日生まれ創始者ティンガティンガの後を継いでティンガティンガ派の屋台骨を担った一人Salum Mussaを父に持つ女性アーティスト。

幼いころから父が描く姿を見て育ったが、絵筆を持ったのは、父が亡くなった翌年。
「もっと早く父に手ほどきを受けておけばよかったというのが唯一の後悔です」
ティンガティンガ・アートは、私達ファミリーが作り上げてきたアートでもあるので、その誇りを持ちながら作品を描き続けていきたいです。
そして、自分の子供たちにもぜひティンガティンガ・アーティストになってほしいです。

母となってからは、家族をテーマにほのぼのした生活画も描き始め、素朴な作風とキュートな色使いで注目を集めている。




Helena Augustino Luoga
  ヘレナ



1982年7月11日生まれ
創始者ティンガティンガの後を継いでティンガティンガ派の屋台骨を担って現在に至るAmondeの姪
2000年から絵を描き始める。
「学校を卒業してすぐにティンガティンガアートの世界に入りました。
叔父のAmondeに勧められたのもありますが、自分でも絵を描いてみたいと思っていたので、女性が少ないこの世界に入る不安はありませんでした。
キャンパスに向かうと、絵のアイディアが次から次へとわいてきます。
キリン、ゾウなど絵の中の動物たちとの会話を楽しみながら描いています。」




Hassan Thabiti Mchisa ムチサ
1972年2月22日生まれ Nakapnya出身
1993年、画家を目指してティンガティンガ村で活動を始める。
1997年から、リランガの描いたシャターニ(悪魔、生霊)を、自分のテーマに描き始める。

弟子入りと共に、シャターニをテーマに描かせてほしいとリランガに願い出るが、自分の息子達だけにシャターニを継承したかったリランガに断られる。
結局三度リランガの家に通い、三度目にしてリランガの許しを得る。
リランガの息子以外に、リランガのシャターニを継承することを認められた唯一の画家。





「リランガさんから三度目に許しをいただいたときは、本当にうれしかったです。
そのとき、自分の道が拓いたと感じました。
なぜなら、リランガさんの描いたシャターニ達は、前々から私の心にいつも語りかけてきていて、ずっとそれらをキャンパスで表現したかったからです。
私の絵の中には、リランガさんと私自身の心のシャターニたちが登場しています」
と語るムチサのシャターニは、変幻自在。明るく楽しく、泣いたり笑ったり、酔っぱらったりと、人間臭い。


2009年3月18日 37歳で急逝
 
  





Mteko Yusuf Issa ムテコ
1982年Nakapnya出身
2003年より、ティンガティンが村で活動を始める。
2006より1年半、アルーシャでギャラリーを持つジャファル・アウシの元で修行を積み、ティンガティンガ村に帰ってきた。
「17歳で祖母を頼ってダルエスサラームに出てきた頃は、水を汲んで売り歩く仕事をしていました。その当時から、将来ティンガティンガ・アーティストとなることが夢でした」

「ジャファル・アウシさんの元で1年半修行ができたのは、本当にいい体験でした。
動物の毛並みから、皮膚のひだ、尻尾の先まで描き分ける技法など、学んだことをどんどん自分の作品に取り入れています」

躍動感溢れる動物画が魅力。




Gayo Peter Petherya  ガヨ
 


1978年ダルエスサラーム生まれ
創始者ティンガティンガの後を継いでティンガティンガ派の屋台骨を担った一人Salum Mussaの甥
1998年からサイディに師事してアート活動を始める。

「叔父達の世代が残してくれたティンガティンガアートを守って次の世代に引き継ぐことが大切だと思うので、オーソドックスタイプから逸脱しないように意識しながら描いています。

酒や薬に溺れている若い人達に、ティンガティンガアートのよさと、真面目に絵を描いて生きていく道があることを知らせたいです」と語る。





Amili Charinda Wasia
  アミリ




1971年生まれ Charindaの長男
1988年から活動を開始。

「小さい頃から父が絵を描く姿を見て育ち、絵が好きでした。
ある日、地面に絵を描いていたら、父がボードをくれて、そこに好きな絵を描くようにと言われました。
ペンキで絵を描いたらほめてくれて、描いた絵の上に白いペンキを塗って、またそこに新しい絵を描くように言われ、1枚のボードに何度も色を塗り直して、絵を描いて遊びました。

大人になったときには、自然にティンガティンガアートの道に入っていました」父には、ある程度描けるようになった時点で、これからは、自分の描き方で自分の好きなように描けと言われたので、それ以来、父の作風を真似ることはしていません。
父がCharindaとしての作風を確立したように、自分もAmiliとしての作風で勝負していきたいです」




Hamuza Abass Chamwana
  ハムザ・チャムワナ
1985年生まれ、RUVUMA出身
2004年、ティンガティンがアーティストの兄(Shaa)を頼ってダルエスサラームへ兄に習って絵を描き始め、2005年から本格的に活動を開始する。

サインは2つ CHAMWANA と HAMZA
はじめは祖父の名前CHAMWANA とサインしていたが、長いので途中からHAMZAにした)
   



Jaruph Kibira  ジャルフ






1978年 ドドマ出身
従兄弟のサランゲとともに、マサイやアフリカンダンスをモチーフにした作品を多く描いている。


     サインは、JARUPH




Emilias Omary エミリアス
1977年生まれ
1994年から叔父Saidiに弟子入りして絵を描き始める。

「学校が終わったら、ダルエスサラームに出てきて絵を描いてみるよう、叔父から勧められていました。
絵を描いたことなどまるでなかったので、とても難しく、田舎に帰ることばかり考えていましたが、ガゼルや象など、動物たちが自分なりにうまく描けるようになってきた頃から、この仕事が楽しくなりました。
その頃から、叔父の模倣ではなく、自分の考えで描くことを許されました。
今は田舎に帰ることなどまったく考えていません」
素朴でかわいい動物画が好評。




DOGO
ドゴ (本名:Omal Selemani Omal
1985年生まれ
出身地 ソンゲア
1997年、ティンガティンガアーティストである兄Iddyを頼って、ダルエスサラームに来て、そのまま修行、現在に至る。
動物の中では、キリン、ゾウ、カバが得意。
 
サインのDOGOは、ニックネーム。
12歳で絵の修行を始めたが、体が小さく、兄弟子たちからDOGO(チビ)と呼ばれたのが、そのままティンガティンガ村でのニックネームになったので、サインもそれにしたとさわやかに笑う22歳。
(DOGOとは、小さいという意味のスワヒリ語)
 




Mussa Abdallah Wasia ムッサ

1979年生まれ。
1995年、16歳で実兄Beckerを頼ってダルエスサラームに来て、兄の影響で絵を描き始め現在に至る。
(Sabitiに師事)
動物の中では、キリン、チーター、ゾウ、シマウマが得意。

「貧しくて街に出てきて、兄に勧められて絵を始めたものの、はじめはとても難しくて大変でした。
でも、今ではティンガティンガ・アーティストとして絵を描き続けることが、
自分の人生そのものだと思っています」
と熱く語る28歳。
ティンガティンガ村での人望も厚く、若手リーダーの一人。




Becker Wasia
 ベイカー

魚やカバなど水と戯れる動物たちを得意とするThabitiの流れをくんだBecker。
1990年から活動中。
どんな動物でも起用に描くが、中でも得意は、キリンとヒョウとフラミンゴ。
小作品から大作まで、緻密に描く。








Jafari Mimu Saidi ジャファリ・ミム
1963年 Nakapanya生まれ。
1983年にHasim Bushiri Mbutaに師事してティンガティンガアートの世界に入る。
クラッシックスタイルの鳥を得意としている。
「幼い頃から、鳥が好きで、よくパチンコを手に兄と鳥をとって遊びました。今でもどんな鳥がどんな風に飛ぶのか、全部覚えていますよ」
「兄もティンガティンガ・アーティストで、やはり鳥の絵が得意でした。
兄は亡くなったので、私は兄の分まで鳥の絵を描き続けようと思っています」

サインは、JMIMUS



Rogger Chimwanda ロジャー
1977年生まれ
兄Zachiの影響で、ティンガティンガ・アーティストを目指し、2000年からティンガティンガ村にて本格的に描き始める。
躍動的なマサイと、「ビチュワ ビタトゥ」と呼ばれるティンガティンガの代表的モチーフ「三頭のガゼル」が得意。
「同じモチーフでも、ガゼルがじっとこちらを見つめる表情が、画家によって微妙に違っている。だから僕は、昔からのモチーフを描き続けながらも、Roggerのガゼルを描いているんだ」
と語る28歳。



Zuberi Damu ズベリ
1973年生まれ。
家が貧しく、教育を受けないまま青年期に入ってしまったが、ダルエスサラームに出て、ティンガティンガ村にて、絵の修行をしながら、学校に通った。
「ティンガティンガアートが、僕に道を開いてくれました。これからも絵を描き続け、若者にもティンガティンガアーティストになって生きていく道を勧めたい」と語る。

鋭い目のチーターが、花や鳥に囲まれた独特の構図は、個性派揃いのティンガティンガ村の中でも、異彩を放っている。


Mohamed Chilanbo チランボ
 



1968年生まれ 
弟のAbdalaから指導を受け、1992年から活動を始める。
動物画から病院風景などの生活画、歴史の一こまを漫画チックに再現するなど、器用に描きこなす。

サインは、Chilanbo

Apendae アペンダエ
 





本名は、Ally Said Nakoko
メルヘンタッチの絵を描くティンガティンガ・アーティストNakokoの息子。
「前々から、絵を描きたかった。ある日、父さんが、6人の子供の中から、ボクだけに向かって、ティンガティンガ村に来て絵を描け」って言ってくれたんだ。

「父さんの絵が素敵なことは認めるけど、僕は僕の絵を描いていくよ。クラッシックスタイルの動物画の中から、自分のスタイルを確立していきたいんだ」
と語る若手アーティスト。サインは、Apendae














Marangi Sabit マランギ
  








1977年生まれ。
Sabitに習い、1996年より本格的に自分で描き始める。
1997年より活動の場所をザンジバルに定め、オールドタウンの
片隅で創作活動を続けている。
動物と魚が得意。
サインは、Marangi




Ibrahim Omary イブラヒム 




1977年生まれ
Saidi Omaryに指導を受け、1998年から活動を始める。

「昔から絵が好きで、ティンガティンガ・アーティストになりたいと、ずっと思っていた。

下描きをしているときから、絵の中の動物達が話し出したり、歩き出したりするので、動物画を描くのが一番楽しい」
サインは、Ibra



Shery.Salum.Mussa シェリー
1983年生まれの女性アーティスト
創始者ティンガティンガの後を継いでティンガティンガ派の屋台骨を担った一人Salum Mussaを父に持つ。
幼いころから父が描く姿を見て育ったが、絵筆を持ったのは、父が亡くなった翌年。
「もっと早く父に手ほどきを受けておけばよかったというのが唯一の後悔です」

得意は魚と動物画。
「たくさん色を使うのが好きなので、カラフルな魚の絵を描くのはとても楽しいです。魚のレパートリーは、いっぱい持っていますよ」
サインは、Shery

バラカのコースターチームの一人



.
ティンガティンガ・コースターチーム

これは、タンザニアのティンガティンガ・アーチストによる手作りコースターです。

私達バラカは、2006年に、ティンガティンガ村の女性メンバーを中心とする
ティンガティンガ・コースターチームを結成。

コースターの定期的購入により、アーティストの自立を応援しています。

小さいけれど、1枚1枚丁寧に絵が描かれ、それぞれがオンリーワンのオリジナル作品で、
楽しく使える実用的なコースターです。

使って楽しい、飾って楽しい、カラフルなティンガティンガ・コースターで、
コーヒー&紅茶タイムを楽しくお過ごしください。



〜Greeting from TingaTinga Villege〜

<コースターチームのリーダー、アグネス(右端)から>

バラカのコースターチーム結成は、定期的収入につながり、
生活費と共に絵を描く材料費にも計画的に回せるので、女性アーティストの大きな励みになっています。








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